
愛媛日産宮西店、北側の扉を出ると旗を掲げるポールが。見上げた建物には『愛媛日産大学校』の大きな文字。そこは西村さんにとって整備の世界へと入る扉だった。
「私の父がここで教員をしていたのです。私が生まれた頃には、整備士から日産大学校の先生となった後でした。近所の方の農機具を修理したり、家のクルマを診たりと、さりげなく整備する姿が眩しく見えていました。父がクルマを触っている背中は本当に格好よく、整備の世界に憧れて、私も自分の腕に賭けたいと思いました」
自身の力で学びたいと、18歳の西村さんは愛媛を出て京都の日産大学校に進学した。学校で国家1級の資格も取得している。これを西村さんは、『甘えた』と表現した。
「私が入学したときは、国家1級課程がなく、卒業した後に学校に入り直したのです。働きながら学ぶという道もありましたが、学校で勉強する時間をもらえるのならと甘えて学生を続けさせてもらいました。そうさせてくれた両親に感謝です」
整備士になりたいという西村さんの決意に、お父さまは『整備士は大変だぞ』、としか語らなかったそう。整備士となった今の西村さんはその言葉の重みを感じているようだ。
学校を卒業しても、すぐにお客さまのクルマを整備できるわけではない。経験を積んで初めて一人前の整備士になれる。西村さんは「整備は応用力」だと語る。
「学校を卒業したときは、やっとスタートラインに立てるという段階です。基本に沿った整備はできますが、お客さまのクルマは教科書どおりの状態になるとは限りません。しかも、お客さまのこんなところが気になるというご用命から、その原因や整備方法を導いていく必要があります。経験と応用力がなくては、クルマを前にしても何もできずに時間だけが過ぎてしまいます。新人の頃は、そんなこともありました。
整備士として鍛えられるためには、一人で考えるということがとても重要です。いろんな方法からひとつを選択する力をつけるのです。考え込みすぎていると、先輩から『どうしたんぞー』(愛媛の方言)と声をかけられて、思考の沼から帰ってくるということもありました。
そのうちに、自分の整備というのができあがってきます。周りの部品を外さずに修理箇所に触れたり、工具をうまく使って隙間を作ったり、プロセスは整備士によって違います。スピードと正確さを実現するためのやり方をそれぞれ見つけていくのです」
今はテクニカルアドバイザーとして、サービスの入り口でお客さまをお迎えする。お困りごとを最初に聞いてくれるのが西村さんだ。言葉そのままを受け取ることを大事にしていると話す。
「整備士がスムーズに作業に入るために、『聴く』技術と『伝える』技術が問われます。お客さまにどのように聴いて、整備する者にどのように伝えるか、ですね。お客さまの伝えたいことをしっかり受け取るためには、どこをどんな風に走ったのか、速度や場所まで状況を細かく聞く必要があります。私が整備をしているときの経験を思い出して、お客さまの立場と整備士の目線になり、聞ける限りの言葉をお客さまからいただいています。
伝える際には、お客さまの言葉をそのまま整備士に説明する。そこに私の言葉を混ぜない方がいいのです。同じ言葉を整備士と共有することで、整備に反映されるように心がけています。私の解釈が役に立つかもしれないと感じたときは、後から伝えます。整備方法を探すためのヒントになればと思っています」
宮西店にきて1年。まだまだお会いできていないお客さまも多い。『まずは私を覚えてもらいたい』と西村さんは語った。
「私もお客さまのことを覚えたいのです。お客さまとはお会いするごとにいろんなお話をさせていただきます。修理後の調子を聞いたり、お出かけのお土産話を教えていただいたりすることもあります。そんな小さなコミュニケーションを重ねることで、もっと価値のあるプロのアドバイスができると思うのです。燃費のお話をすることも多いのですが、クルマや乗り方によってもおすすめの方法が違います。タイヤをメンテナンスするのか、エンジンオイルは大丈夫なのか、お客さまからいただいた情報で、もっとお客さまに寄り添える整備士でありたいと思います」
西村さんの丁寧で誠実な語りに、インドアな雰囲気を受け取るかもしれない。しかし、断然アウトドア派の彼は、夏は海沿いをバイクで走り、冬は雪山へスノボに出かける。春と秋は釣りへ、季節の風をこよなく愛す。出かける楽しみを知っているからこそ、その相棒であるクルマはベストコンディションであってほしい。西村さんがお客さまの言葉に耳を傾ける背中にはそんな願いが込められている。
マスターテクニシャンHITEQの資格で、得た知識・技術を活かしてお客さまの素敵なカーライフのお手伝いができたらと思います。




