
釧路の店舗を訪ねると、風格ある黒い整備服に少々強面の人物が顔をのぞかせた。GT-R専用のつなぎを着た工藤さんだ。ルックスから受ける印象とは別に、話すととても柔らかく明るい。しかし、ひと度クルマに向かえば、眼光の鋭い真剣な表情に変わる。整備士歴28年の彼が修理に没頭しているときに何を考えているのか、尋ねてみた。
「作業中は頭よりも先に手が動くんですよ。頭の中にエンジンがあって、見たい場所はそれで中まで見えるんです。CGのように3Dでね。難しい修理が来たときは、ここかなと思いながら、そのエンジンを脳内で奥まで探っていきます。
新人のころ、廃車が決まったクルマをはしから分解させてもらっていました。すべてをバラバラにして、一つひとつどうなっているのかを目で見て。中の構造をとにかく知りたかった。クルマがあると聞きつけると、それをもらいに行ったものです。その経験が今に生きています」
進化していく技術に脳内でイメージされたクルマはどうやって追いついているのだろうか。
「自動車が生まれた100年前から、根本的なものは変わっていない。そう思うんです。私が整備士になって28年間変わらずつながっているものがある。より快適にするために、いろんな機能をつけていったのが今のクルマですから、基本に足していけばいいんです。その足される部分の知識を積み重ねていくために、ずっと勉強しています」

工藤さんは、帯広日産の中でも釧路から根室までの広いエリアすべての難しい修理を担当。その技術を若手に伝えるために教育も行っている。工藤流の伝え方とはどんなものなのか。
「修理を一緒に行うときも、指導をするときも、すぐには答えを教えません。それは、若手に『全体を捉える』癖をつけさせたいからです。
『全体を捉える力』は整備士になくてはならないもの。たとえば、電気関係の修理。電気は目に見えないため、部品や各機能のつながりがどうなっているかがわかっていないと作業できません。短時間で確実に修理をするためには全体を捉える力が必要なのです。ですから、時間が許すかぎり、やらせてみます。ヒントを与える加減にいつも悩みますが、試行錯誤する時間を与えることも教育だと思うんですよ」
やってみないと身につかないものがある。教えるだけでなく、経験させることが大事と話す工藤さん。経験の中で培われるものとは何だろうか。
「例えば、キャラバンにたくさんの荷物を積んで走ると、後ろのブレーキが減りやすい。米屋さんなど配達に使っているクルマはそこも見て、許容範囲の中でカスタマイズした整備をする。お客さまの使い方を見て調整するというのは、何台ものクルマを見て、多くのお客さまと出会う中で身につけましたね。
また、不具合の原因究明をする技術も経験が必要でしょう。問診も大切な情報ですが、決められた質問だけではわからないこともあります。お客さまとの何気ない話から、ヒントが出てくるときがあるんです。そういうことも自分で考えて、やってみる中で発見していくもの。最初は苦労するんですけれど、だんだんとわかってくるんですよ」

再確認したように工藤さんは呟いた。
「若手に同じことを教えても、その中でそれぞれが自分なりにやっていく。聞いたことを考えて、いつの間にかうまくやっているんですよ。彼らを見ていて、人って育つんだなぁって何度も驚かされます。整備士としても、人間としても成長していく。面白いですよ」

整備士になったころから28年間使っているメガネレンチ。ツヤが出ているのは、長い年月をともにした証

「私を育ててくれた人がいてね、」と自身の新人時代の話をしてくれた。
「入社して3年目の春に出会った先輩に大きく影響を受けたんです。その人は仕事がとにかく早くて、正確。今まで見てきた整備とは、スピードが全然違って、衝撃を受けました。28年前は口で細かくは教えてくれない時代。見て、盗むのが勉強でした。その先輩を手伝うと、たまに『ココは気をつけろ』などと教えてくれるんですよ。あえて口に出してくれることは大事なことだと、頭に叩き込みました。その先輩が私の目標でした。
でも、いつまでたってもゴールはないですね。もっと早く、もっと的確に故障修理ができればと、今でも思っています。修理の答えには辿り着くんですけれど、そこまでにいろんな道が考えられる。正しい道を発見する時間を早くしたい。まだまだですね」
工藤さんは、教えながら若手のやり方を見て自身も学んでいると言う。「口には出さないけれど、感心しながら、こっそりやり方を盗んでいるんですよ」と笑った。その柔軟さが彼を進化させ続けるのだろうか。人間味あふれる整備士。教えた整備士たちは、彼を目標に育っていくのだろう。
釧路から根室まで、道東の難解修理や日産GT-Rの整備にも出動します。ご来店お待ちしております。



