マスターテクニシャン File:35

日産マスターテクニシャン一覧へ

教育で若手の未来を描く

この道の始まり

中島さんは現在、サティオ埼玉北の本部で、全9店舗のサービス部門をバックアップしながら、整備士たちの教育を担当している。車両に向かって整備をすることは滅多にない。ところが、迎えてくださったその出で立ちは整備服だった。「どうして、整備服を?」思わず、聞く。
中島さんからの答えは、「プライドです」と一言。笑顔でいて、多くは語らない彼のその姿に、整備への熱く深い思いを見たような気がする。

これまでの経歴をうかがうと、「子どもの頃、離れに住む祖父の家に毎晩泊まりに行っていました。相当なおじいちゃん子で、ね」とこの道の始まりを振り返り、語ってくれた。

「大好きだった祖父が整備工場を営んでいました。ですから、工具が身近にあって、ネジを見つけるとどうしても外したい衝動に駆られて。分解しては組み立てられなくなったおもちゃをよく隠していました。そんな環境だったので、整備士になりたいと思うのはごく自然な流れでした。日産を選んだのは、『あぶない刑事』など、当時の刑事ドラマで登場するのは日産車ばかり。そのかっこいいイメージに影響されて、日産の整備士になったというわけです」

没頭して作業をするのが好きだった中島さん。一生現場で整備士をしようと考え始めた17年目にサービス本部への声がかかる。店舗にいたときから担当をしていた資格取得の指導経験がかわれたのだ。

「本部に異動してからが大変でした。教育を任されたのに、日産整備士の資格しか持っていませんでした。そこから、国家1級整備士、テクニカルアドバイザー1級、HITEQと勉強を始めました。とにかく難しくて、でも私が経験しないと教えられないので、少しずつ資格を積み重ねて日産マスターテクニシャンになったのです」

サービス本部での仕事をたくさん抱えながらの資格の勉強は大変だったはずだ。しかし、次世代へと技術を繋げるために、中島さんは約300名しか認定されていない日産マスターテクニシャンの一人になった。日産の整備士の中でも最高峰の技術・対応力を持つという証だ。

常に考えて行動する。それがプロではないか。

整備士の教育に長く携わる中島さんが教えるうえで
大事にしていることとはなんだろう。

「店舗で行き詰まってしまった修理の支援をするときは、『答えは後で。私からは質問が先』です。私が先に答えを出してしまうと、その人は自分で考える機会を逃してしまう。考える道筋を示せるように質問をして、答えではなく解決するための策を授けるような感覚でいます」

修理支援は電話で受けることが多い。「本当は一緒に見て、一緒に答えを探したい。ただ、デスクを離れることがなかなかできないので、そこはジレンマです」、と胸の内を教えてくれた。
相手に質問をして、問いかけながら進めるやり方は、自分もそうされてきたからだ、と話す。

「尊敬する先輩が2人いました。整備士の私は、その人たちに育てられたんです。仕事も早くて、輝いて見えました。いつか追い抜こうと必死だったのに、未だに追い越せないでいます。持っている整備技術も人柄もとても魅力的でひきつけられます。私も若手にとってそういう存在でありたいと思っています」

資格取得のための講義は中島さんが組み立てている。どのような考えで、教科書を開くのか。

「資格取得の勉強会では、試験対策を教えています。ですが、試験に合格するためだけの教育にはしたくない。現場で使える、実践で手を動かせる技術として知識を伝えていきたいと思います。知識は蓄えられますから。

整備士ではなくてもクルマをいじることはできます。しかし、日産の整備士として任せられているということは、スピードと正確さが求められてきます。そのときに、ここで学んだ知識が必ず役立つと話をしています」

指導をする際の中島流があるのではないか。聞くと「そんなものはないよ」と返ってきた。それは、若手への期待と信頼からくる返答だ。

「私は、教える立場になり、これまでの経験をもとに指導するようになりました。しかし、教わっている側の若手は現在進行形で現場から学んでいることがあるはずだと思っています。
ですから、『私はこう考える、では君たちはどう考える?』と問いかけるスタンスでいます。自分の頭で考えて欲しい、いつもそう思っているからです。整備士としてクルマに向かうとき、先まで読んで行動しないと次の一手を出せません。『常に考えて、行動する』。それがプロなのではないか、と思うのです」

日産テクニカルスタッフ1級を取得した松澤さん。中島さんの講義を受け、資格試験へ。 先輩の持田さんとともに。

『忙しい』はきらいだ。

「常に考えて、行動する」。よく伝えるが本当に相手の心に響いてくるには時間がかかると話す。経験を重ねるうちにいつかこの言葉が腹に落ちてくれればいいと、中島さんは願う。
そんな彼の信条のひとつが『忙しい』とは言わないこと、と教えてくれた。

「どんな状況でも、全然平気ですよ、と言ってのけたいのです。忙しいのは自分の力不足を公に認めてしまうこと。自分がその状況をカバーできていない、ということですから」

しかし、現場は忙しい。人手が足りないときもあれば、お客さまが混み合うタイミングもあるはずだ。

「忙しいと言われるのはどうも腹が立つんですよ。考えずに済むための言い訳になってしまっている。本来は、忙しいのをどうするべきか、考えなくてはいけません。答えのひとつとしては、早くやればいい。スピードアップすれば、忙しい状況は解消される。これが簡単なことではないのは重々わかっています。ただ、そういう気持ちでいるか、いないか。チャレンジしようとしているか、どうか。そこが大事なのです。本来私の立場では、労いを伝えるべきですが、できると思うからこそ、忙しいからと言い訳せず、立ち止まらずに、成長し続けて欲しいと思っています」

若手整備士に話を聞くと、「お世話になっています!」と中島さんの名前が出てくる。撮影時には、多くのスタッフが顔を出し、集まってきた。中島さんが若手の頃に、憧れていたという先輩も。二人の写真を見れば、中島さんの人柄がわかるだろう。

一人でも多くのマスターテクニシャンを輩出できるよう、後輩の指導にまい進しています。

サティオ埼玉北に展示されているサニー・サニー坊やと。